京都学派 (Kyoto school)

京都学派(きょうとがくは)とは、一般に西田幾多郎と田辺元および彼らに師事した哲学者たちが形成した哲学の学派のことを指すが、京都大学人文科学研究所を中心とした学際的な研究を特色とした一派も、京都学派、あるいは哲学の京都学派と区別するために、新・京都学派とも称する。

京都学派(哲学)

その詳細な定義は国や研究者によって異なり、未だに世界各国で盛んな研究の対象となっている。
主なメンバーとしては、西田幾多郎、田辺元、波多野精一、西谷啓治、久松真一、武内義範、上田閑照らが挙げられる。

西洋哲学と東洋思想の融合を目指した『善の研究』などで表される西田哲学の立場に立ち、東洋でありながら西洋化した日本で、ただ西洋哲学を受け入れるだけではなくそれといかに内面で折り合うことができるかを模索した。
しかしながら東洋の再評価の立場や独自のアイデンティティを模索することは次第に「西洋は行き詰まり東洋こそが中心たるべき」との大東亜思想に近づくこととなった。
このため敗戦後、戦前の京都学派は没落した。

京都学派(京大人文研)

また、上記とは別に戦後京都大学人文科学研究所(京大人文研)にて頻繁に共同研究会を開き、活発な討論を行っていた一派も、京都学派と呼ばれるが、上記の京都学派とは直接の関係はない。
こちらは東洋史学の貝塚茂樹、塚本善隆、藤枝晃、中国文学の吉川幸次郎、フランス文学の桑原武夫、植物学の中尾佐助、生態学から人類学にまたがる成果を挙げた今西錦司らが特に著名である。
この顔ぶれからも推察されるように、この京大人文研の活動範囲は狭義の人文科学から自然科学の領域にまでまたがった学際的なもので、今西は自らの学問領域を自然学とも称した。
また、国立民族学博物館へと活躍の場を移した梅棹忠夫(生態学→民族学・人類学)や、国際日本文化研究センターの設立に尽力した梅原猛(哲学)らも、この京大人文研の京都学派に含める。

東洋史学

東洋史学分野における京都学派は、京大人文研の京都学派の一角をなすが、より古く、内藤湖南を創始者とする。
その特色は、湖南が提唱した時代区分論である。
宮崎市定、宇都宮清吉、島田虔次、川勝義雄、谷川道雄らの京都大学系の東洋史学者の一派を指す。
すなわち、秦漢時代までを上古(古代)、魏晋南北朝時代隋唐時代を中世、北宋以降を近世、アヘン戦争以降を近代とする四時代区分法を中心に中国史の研究を展開した。
第二次大戦後には、東京大学に本拠を置く歴史学研究会の唯物史観を基にした時代区分法(東京学派)との間で激しい論争が行われた。

京都学派(憲法学)

佐々木惣一、大石義雄、阿部照哉、佐藤幸治 (憲法学者)らを中心とした憲法学の学派。
東京大学を中心とする学派の政治学的解釈に対する法律学的解釈を志向するなどを特色とする。

[English Translation]