金剛頂経 (Kongocho-kyo)

「金剛頂経」(こんごうちょうきょう)は、『初会金剛頂経』(sarvatathāgatatattvasaṃgrahaṃ nāma mahāyānasūtraṃ『一切如来の真実を集めたものと名付ける大乗経典』略して『真実摂経』ともいう)を編纂したグループが次々と生み出していった「金剛頂経」系テキストの総称である。
「金剛頂」(vajraśekara)という名前の由来は、『金剛頂タントラ』(vajraśekharatantra)にあるといわれている。

日本では、普通に「金剛頂経」と言う時は『初会金剛頂経』のことを指す。

『初会金剛頂経』は金剛界曼荼羅の典拠となる経典で、真言宗や天台宗では密教の「即身成仏」の原理を明確に説いているとしている。

真言宗(東密)では特に根本経典(最も重要な経典)とされ、「金剛頂経」と『大日経』の2つの密教経典を「両部の大経」という。
真言宗で唱えられている『理趣経』(Adhyardhaśatikā prajñāpāramitā 『百五十頌般若』)は、「金剛頂経」系テキストのうち『理趣広経』とよばれるものの略本である。

空海(くうかい)(774年~835年)は、唐の長安において青龍寺の恵果(けいか)和尚(746年~805年)の弟子となった。
密教の伝法潅頂を授かり、『初会金剛頂経』の教理と実践方法を伝授(大日如来―金剛薩埵―龍猛―龍智―金剛智―不空―恵果―空海と付法)される。
806年に日本に初めて、『初会金剛頂経』に基づく実践体系を伝えている。

「金剛頂経」は龍猛が南天竺の鉄塔のなかで感得したという伝説がある。
この経典は大日如来が18の異なる場所で別々の機会に説いた10万頌(じゅ)に及ぶ大部の経典の総称であり、単一の経典ではない。

漢訳経典

金剛智(こんごうち)三蔵(ヴァジュラボーディー/670年頃~741年)がサンスクリット語から漢訳した『金剛頂瑜伽中略出念誦経(略出念誦経)』4巻、不空(ふくう)三蔵(ア-モガヴァジュラ/705年~774年)が漢訳した『金剛頂一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経(金剛頂大教王経)』3巻、施護(せご)が漢訳した『一切如来真実摂経』30巻がある。

サンスクリット原典、チベット語訳も現存し、それらは漢訳では施護訳と対応する。
7世紀中頃から終わりにかけて、南インドでその基本形が成立し、次第に施護訳にみられるような完成形態に移行したとされる。

内容

大日如来が一切義成就菩薩(いっさいぎじょうじゅぼさつ)(釈尊(しゃくそん))の問いに対して、自らの悟りの内容を明かし、それを得るための実践法が主となっている。
その悟りの内容を具体的に示したのが金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)であり、その実践法の中心となるのが五相成身(ごそうじょうじん)観である。
五相成身観とは、行者(ぎょうじゃ)の汚れた心を、瑜伽(ゆが)の観法を通じて見きわめ、その清浄(しょうじょう)な姿がそのまま如来の智慧(ちえ)に他ならないことを知り、如来と行者が一体化して、行者に本来そなわる如来の智慧を発見するための実践法である。

注釈書
8世紀の瑜伽部密教の三大学匠といわれるブッダグヒヤ、アーナンダガルバ、シャーキヤミトラなどの注釈書がチベット訳として残る。

『金剛頂経(真実摂経)』のチベット語訳には注釈書が付随し、現存するものを以下に四つ挙げる。
ブッダグヒヤ(Buddhaguhya)撰 『タントラ義入』
シャーキャミトラ(Sakyamitra)撰 『コーサラの荘厳という真実の集成に対する注釈』
アーナンダガルバ(Anandagarbha)撰 『一切如来の真実の集成である大乗の現観と名づけるタントラの注・真実の燈明』
プトゥン(Bu ston rin chen grub)撰 『瑜伽タントラの海に入る船』

また、ブッダグヒヤの『タントラ義入』にはパドマヴァジュラによる再注釈書『タントラ義入釈』がある。

[English Translation]