浄土真宗親鸞会 (Jodo Shinshu Sect Shinrankai)

浄土真宗親鸞会(じょうどしんしゅうしんらんかい)は、1958年に発足した、浄土真宗系の新宗教の一つ。

元浄土真宗本願寺派僧侶である高森顕徹が設立(高森は現代表)。
本部を富山県射水市(旧射水郡小杉町)に置く。
関連会社として1万年堂出版がある。
同会の会員数は公称10万人(小沢浩「新宗教の風土」)とされる。

教義
「宗祖親鸞聖人の教えを広めることを唯一の目的として、親鸞、覚如、蓮如の文を根拠にして、それを忠実に解説する。」
そのような趣旨の法話会を各地で行っている。
浄土真宗親鸞会では他の真宗宗派、とりわけ浄土真宗本願寺派(西本願寺)との教義上の差異を主張している。
親鸞会によれば本願寺の教えは何もやらなくて良い教えだと批判している。

宿善が大切であると説き「信心決定(弥陀に救われること)」を目指すとする主張をする。
一方で、「弥陀に救い摂られるには、雑行を投げ捨てよ」とする親鸞、蓮如の言葉の解釈をめぐり、東西本願寺をはじめとする真宗諸派の教学解釈と異なる部分がある。
異端と見なす人もある。
親鸞会は「現世に於て宿善は求められねばならない。
そうでなければ、宿善開発の時節到来ということはあり得ない」と説く。
浄土真宗本願寺派の紅楳英顕は「当流では他力の信心を獲るために、まず自力諸善を積まねばならないなどという説示はない」と親鸞会の主張に反論している。

本尊

阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)。
寺院で広く見られる木像本尊や絵像などは一切用いない。
「南無阿弥陀仏」の六字名号のみを本尊としている。
これについて親鸞会では、阿弥陀仏の本願成就文の「聞其名号」を根拠とする。
特に蓮如の「当流には木像よりは絵像、絵像よりは名号」の言葉に従うものと説明している。
また親鸞会では本尊は会から「貸与」されるもので、退会の際は会に返却しなければならない。

阿弥陀仏の本願
釈迦や親鸞が教えたのは「阿弥陀仏の本願」ただ一つであるとする。
阿弥陀仏の本願を説く法話を聞くことを親鸞会では最重要視している。
特に本願文を「すべての人を絶対の幸福に救い摂る」ことと現代語で説明していることが大きな特徴。

信心正因称名報恩
広く知られる「念仏を称えれば救われる」という教え方は誤っているとする。
親鸞会においては現世において「他力信心」を獲ることが重要であり、念仏は救われた御恩に報いるお礼として称えるものであると説く。
これは親鸞の「涅槃の真因は唯信心を以てす」(教行信証信巻)や、
蓮如の「ただ声に出して念仏ばかりを称うる人は、おおようなり。
それは極楽には往生せず」(御文章3帖目3通)などの証文を根拠としている。

常訓
親鸞会の会員は自称を「会員」とは呼ばず「親鸞学徒」と称する。
「親鸞学徒常訓」にある「我ら親鸞学徒は、更に珍らしき法をも弘めず。
親鸞聖人のみ教えを、我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり。」
親鸞の言葉「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法を、われも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」から借りている。
親鸞の教えに忠実であり、親鸞会独自の考えや思想は全くないという立場を主張している。

善知識
仏教を正しく説く先生を善知識と仏教で言われる。
親鸞会では善知識から教えを聞くことが強く言われる。
以前は会長の高森顕徹を「唯一無二の善知識」と位置づけていた。
しかし、最近はそれが明文化されることはない。

一切衆生必堕無間
親鸞会では釈迦は「一切衆生必堕無間」と説き、真実信心を得ていない者は死んだら無間地獄に堕ちると説いている。

布教
日本全国や日本国外で積極的な布教活動を展開する。
その構成員はあらゆる年齢層・地域・職業に及ぶ。
伝統教団の苦手とする若年層の信者の獲得にも成功している。
しかし、若年層への布教活動には批判もある。
特に大学での偽装サークルによる勧誘は統一協会や摂理といった新宗教団体と似ている。
その為、各地の大学で親鸞会の活動は問題視される。
マスコミ関係者やカルト宗教に批判的な人物等からカルト的と捉えられている。

また、若年層の会員を中心として、関連会社であるチューリップ企画が製作した親鸞のアニメビデオを訪問販売する活動があった。

献金
親鸞会での献金活動は「財施」と言われる。
献金額に応じて会員は12の「燈」というランクに分けられている。
会員は行事の際は自分の「燈」が明記された名札を着ける。
法話を聞く際にはこのランクの高いものから順番に席を取る。
献金には毎月収められる「会費」がある。
その他に、高森の著書が発刊されたり、高額な絵画、新しい会館の建設などの際に必要に応じて集められている。
尚、献金した会員に対して収支報告は一切なされていない。

歴史

高森顕徹を会長とし、68名の会員を集めて「徹信会」を発足。

富山県高岡市に徹信会館を建設。
翌年に宗教法人格を取得し、浄土真宗親鸞会と改称。

浄土真宗本願寺派の紅楳英顕が論文「現代における異義の研究 ─高森親鸞会の主張とその問題点」を発表。
親鸞会はこれに反発し、再三にわたり質問状を送り、本願寺派に対する批判キャンペーンが展開される。

上記に関し、紅楳側が誠意を持って答えていないとして、親鸞会会員約1500人が西本願寺の御影堂に座り込み抗議を行う。

富山市に隣接する射水郡小杉町に本部を移転。
支部は全国及び南米・北米・台湾・韓国に及ぶ。

既存の本部会館は収容能力不足となった。
隣接地に2,000畳の講堂を持つ正本堂 (浄土真宗親鸞会)を建設。

[English Translation]