日静 (Nichijo)

日静(にちじょう、永仁6年(1298年) - 正平 (日本)24年/応安2年6月27日 (旧暦)(1369年7月31日))は、南北朝時代 (日本)の日蓮宗・法華宗の僧。
父は藤原北家(ほっけ)の末裔上杉頼重、母は足利氏の娘と言われ、征夷大将軍足利尊氏の叔父とされる。
字は豊龍。
号は妙龍院。
出身は駿河国(現在の静岡県)。
六条門流の祖。

略歴

初め治部公日位(駿河国本覚寺 (静岡市))につき、ついで摩訶一房日印(「鎌倉殿中問答」で全宗派論破の名僧)に師事し、日印から相模国鎌倉本勝寺 (鎌倉市)・越後国三条本成寺を譲られた。
師日印が鎌倉幕府(時の征夷大将軍は守邦親王、執権は北条高時)の殿中で全宗派を相手に論破勝利したことを「鎌倉殿中問答」として執筆した。
1338年(暦応元年/延元3年)に上洛し、鎌倉本勝寺を京都六条堀川に移して本国寺(現在は本圀寺)と改称した。
日静の弟子日伝 (曖昧さ回避)は京都本国寺を、日陣(陣門流の祖。本禅寺系。)は越後国三条本成寺(新潟県三条市)を引き継いだ。
本国寺の系統は六条門流と称され、日像が開いた妙顕寺の四条門流とともに京都における日蓮宗の2大門流を形成した。

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