公慶 (Kokei)

公慶(こうけい、慶安元年(1648年) - 宝永2年7月12日 (旧暦)(1705年8月30日))は、江戸時代前期の三論宗の僧。
出身は丹後国。

1660年(万治3年)東大寺の英慶に師事して三論を学ぶ。
1567年(永禄10年)の兵火により大仏殿が焼失し、大仏が露座のままとなっていることを嘆き、幕府の許可を得て全国に勧進した。
1692年(元禄5年)大仏の修理が完成して開眼供養を行った。
翌1693年(元禄6年)この功により、護持院隆光の仲立ちで5代将軍徳川綱吉に拝謁している。
その後も西国に勧進を継続したが、大仏殿の落慶を見ずに1705年(宝永2年)に江戸で没した。
なお、大仏殿の落慶は、公慶が没した4年後の1709年(宝永6年)のことである。
なお、現在の大仏殿・中門・廻廊・東西楽門はこのときに再建されたものである。

[English Translation]