了庵桂悟 (Ryoankeigo)

了庵桂悟(りょうあんけいご、応永32年(1425年) - 永正11年9月15日 (旧暦)(1514年10月3日))は、室町時代中期から戦国時代 (日本)にかけての臨済宗の僧。
諱は仏日禅師。

山城国真如寺の大疑宝信の法を継ぎ、伊勢国安養寺を経て、1478年(文明 (日本)10年)東福寺の住持となった。
三条西実隆の推挙によりその名を高め、朝廷でしばしば禅を説いた。
1506年(永正3年)遣明使の正使に任じられて1511年(永正8年)明に渡り、貿易品の価格交渉や文人との交流を行った。
1513年(永正10年)に帰国し、その後は南禅寺や東福寺大慈院に住した。

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